【世界遺産】12十字軍と騎士団/大航海時代とキリスト教の海外布教

こんばんは、世界遺産検定マイスターのみや兄です!世界遺産検定2級合格に向けての勉強シリーズです。

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今日は第12回目ということで「十字軍と騎士団/大航海時代とキリスト教の海外布教」です

■十字軍と騎士団

◯バレッタの市街

(文)マルタ 1980年(Ⅰ)(Ⅵ)

◯イタリア南方の地中海に浮かぶマルタの首都バレッタ

→16世紀にオスマン帝国にロドス島を追われた聖ヨハネ騎士団が新たに拠点とした地。

→街の由来は当時の聖ヨハネ騎士団の団長ジャン・バリソー・ド・ラ・バレッテにちなむ。

→フランチェスコ・ラパレッリ・ディ・コルトーナの基本設計により堅牢な城塞都市になった。

→碁盤目状の街路が敷かれ、聖ヨハネ大聖堂、騎士団長の宮殿などか建てられた。

→ラパレッリの死後、助手のジェローラモ・カッサールが建設した聖ヨハネ大聖堂には騎士の言語別に8つの礼拝堂がある。

→騎士団長の宮殿は金欄織りのタペストリーで装飾されている。

→聖ヨハネ騎士団はマルタに渡ってマルタ騎士団とも呼ばれた。

→1571年のレパントの海戦ではオスマン軍撃退に貢献。

→1798年にナポレオンの侵攻によりバレッタを追われた。

→現在、騎士団長の宮殿は大統領府と議会が置かれ、また武器庫は博物館とした当時の様子を伝えている。

聖ヨハネ騎士団が拠点とした地。騎士団長の名前からバレッタという名前はきている。

Wikipedia→バレッタの市街

◯クラック・デ・シュヴァリエとカラット・サラーフ・アッディーン

(文)シリア 2006年/2013年危機遺産 登録(Ⅱ)(Ⅳ)【危機遺産】

◯シリア北西部にあるクラック・デ・シュヴァリエカラット・サラーフ・アッディーン

→11~13世紀の十字軍遠征時代の代表的城塞建築

クラック・デ・シュヴァリエは聖ヨハネ騎士団の本拠地が置かれた城。

→「クルド人の城」と呼ばれる砦が散財したが、聖ヨハネ騎士団が占領後、内外2重の城壁をもつ集中型の要塞に改築。

カラット・サラーフ・アッディーンは12世紀に十字軍が所有した城塞。

→わずか2日でイスラムの英雄サラディンが陥落させたことから「サラディンの城」を意味する現在の名前で呼ばれるようになった。

2つの建造物の名前と特徴を分けて覚える。十字軍遠征時代の代表的城塞建築

Wikipedia→クラック・デ・シュヴァリエとカラット・サラーフ・アッディーン

◯ロドス島の中世都市

(文)ギリシャ 1988年 (Ⅱ)(Ⅳ)(Ⅴ)

◯エーゲ海に浮かぶロドス島の中世都市

→14世紀初頭にイスラム勢力に追われた聖ヨハネ騎士団がキプロスに代わる新たな本拠地とした要塞都市。

→街は4kmの城壁で囲まれてる。

→聖ヨハネ騎士団はフランス、イングランド、プロヴァンスなど7つの国々の貴族の子息で構成されていたため、言語別に建てられた7つの館がある。

→この館のほかにも騎士団長の館などのゴシック建築や、モスクなどのイスラム建築も残る。

■聖ヨハネ騎士団がキプロス島に代わる新たな本拠地とした要塞である。ここまでの流れに聖ヨハネ騎士団が続けて出ているので、聖ヨハネ騎士団の流れも覚えると良い。

Wikipedia→ロドス島の中世都市

◯トマールのキリスト騎士団の修道院

(文)ポルトガル 1983年(Ⅰ)(Ⅵ)

◯ポルトガル中央部サンタレンにあるトマールの修道院。

→12世紀半ばにこの地を与えられたテンプル騎士団によって築かれた。

→初期ムデハル様式とゴシックやルネサンス、マヌエルなどの各様式が見事に融合。

→サンタ・バラ回廊の3つの大窓に施された豪華な彫刻はマヌエル様式の傑作とされる。

→修道院はテンプル騎士団が解散した14世紀以降もキリスト騎士団に受け継がれ、エンリケ航海王子が団長に就任した15世紀に最盛期を迎えた。

トマールの修道院はポルトガル。ここはテンプル騎士団が築き、その後もキリスト騎士団に受け継がれた流れも覚える。

Wikipedia→トマールのキリスト騎士団の修道院

◯アッコの旧市街

(文)イスラエル 2001年(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅴ)

◯イスラエルの北部にあるアッコの旧市街

→アッコの旧市街は十字軍の遺構の上に建てられた城塞都市

→12~13世紀にイスラム教徒とキリスト教徒がアッコを巡り争う。

→13世紀末にはエジプトのマムルーク朝の支配下に入った。

→その後、ほとんど廃墟になっているがオスマン帝国が18世紀半ばに復興した。

→地下には十字軍の主力であった聖ヨハネ騎士団の集会所や教会、宿泊設備などが残る。

→中世十字軍都市の設計や建築に関する貴重な資料となっている。

■イスラム教徒とキリスト教徒が争った経過。アッコの旧市街十字軍の遺構の上に建てられた城塞都市

Wikipedia→アッコの旧市街

◯マルボルクのドイツ騎士修道会の城

(文)ポーランド 1997年(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)

◯ポーランド北部のマルボルク

ドイツ騎士修道会がバルト海沿岸征服の拠点として築いた修道院兼居城。

13世紀に建設されたゴシック様式の建築物。

→中世のレンガ造りの城としてはヨーロッパ最大である。

→15世紀半ば十三年戦争最中のポーランド王国との対戦以降、騎士修道会は衰退、城は放棄された。

→第二次大戦で大部分が破壊されたが現在は修復され博物館になっている。

マルボルクはポーランドにあるけどドイツ騎士修道会が築いたことを覚える。

Wikipedia→マルボルクのドイツ騎士修道会の城

◯カステル・デル・モンテ

(文)イタリア 1996年 (Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅲ)

◯イタリア南部のプーリア州にあるカステル・デル・モンテ。

→第5回十字軍を指揮した神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ2世が狩猟時の住居として1240年頃に建てた城塞。

八角形の壁が八角形の中庭を取り込んでおり、壁の角に八角形の塔が8つ配されている。

→扉付近はローマ古典様式、壁の窓はゴシック様式と複数の建築様式が取り入れられている。

フリードリヒ2世の居城で、八角形の形がキーワード。イスラム文化の影響を強く受けた八角形の城塞。

Wikipedia→カステル・デル・モンテ

■大航海時代とキリスト教の海外布教

◯リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔

(文)ポルトガル 1983年/2008年範囲変更(Ⅲ)(Ⅵ)

◯イベリア半島の西端リスボンにある修道院と塔。

→リスボンにあるジェロニモス修道院とベレンの塔は、ポルトガルの栄華を伝える記念碑的建造物。

→ポルトガルは13世紀後半から海洋貿易が活発に。

→15世紀にはエンリケ航海王子らによって航海技術の開発が推進。

→15世紀末にはヴァスコ・ダ・ガマによるインド航路開拓、ポルトガルは東方貿易を掌握しマヌエル1世の時代に黄金期を迎えた。

◯ジェロニモス修道院

→リスボンのベレン地区にたつ。

→マヌエル1世がエンリケ航海王子とヴァスコ・ダ・ガマの功績を称えるのと、航海の安全を祈願して建てた。

→サンタ・マリア教会と、55m四方の回廊が中庭を囲む巨大な修道院から構成。

→ポルトガル独自の芸術様式,マヌエル様式の装飾が随所に施されている。

→マヌエル様式=船やロープ、貝殻やサンゴなど海に関するモチーフで装飾されたポルトガル独自の様式。マヌエル1世が好んだ。

◯ベレンの塔

→テージョ川河口に面して立つベレンの塔は、インド航路開拓を記念して建造。

→港を守る監視塔や水牢として利用。

→5階層の塔で正式名はサン・ヴィセンテの塔。イスラム建築の影響もうかがえる。

大航海時代の栄華を伝える記念碑的建造物2つ。エンリケ航海王子やマヌエル様式といったキーワード。

Wikipedia→リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔

◯グアナフアトの歴史地区と鉱山

(文)メキシコ 1988年(Ⅰ)(Ⅱ)(Ⅳ)(Ⅵ)

◯メキシコ中央部に位置するグアナフアト。

→グアナフアトでは16世紀半ばに銀鉱山が見つかり、18世紀には全世界の25%を占めるほどの銀が産出された。

→バロック建築のバレンシア教会堂やフェリペ2世から寄進された聖母像を祀るサンタ・マリア・デ・グアナフアト聖堂が建つ。

■グアナフアトは銀鉱山。メキシコにあって世界の25%の産出。フェリペ2世もキーワード。

Wikipedia→ グアナフアトの歴史地区と鉱山

◯ポトシの市街

(文)ボリビア 1987年/2014年危機遺産登録(Ⅱ)(Ⅳ)(Ⅵ)【危機遺産】

◯ボリビア南部ポトシ

→アンデス山中の盆地で標高4,000mを超える高所に。

→1545年、スペイン人により世界最大級の銀鉱脈が発見。「セロ・リコ(富の山)」と名付けられる。

→世界有数の鉱山街が作られ、アマルガム法を用いた銀の精錬で17世紀半ばに最盛期を迎えた。

→王立造幣局やスペインのバロック様式と先住民の文化が融合したメスティソ様式の教会が残る。

■ボリビア・ポトシ・銀鉱山。メスティソ様式=スペイン・バロック様式+先住民の文化

Wikipedia→ポトシの市街

◯マカオの歴史地区

(文)中国 2005年(Ⅱ)(Ⅲ)(Ⅳ)(Ⅵ)

◯中国南部沿岸に位置するマカオ。

→16世紀半ば頃からポルトガルのアジア貿易の拠点となった港町。

→林則徐や孫文などとの関わりも深い。

→1999年にポルトガルから中国に返還。

→キリスト教布教の中心であった聖ポール大聖堂の建設には弾圧を逃れてきた日本のキリシタン難民も関わっていたとされる。

ポルトガルのアジア貿易の拠点という点が重要。

Wikipedia→マカオの歴史地区

◯クスコの市街

(文)ペルー 1983年(Ⅲ)(Ⅳ)

◯ペルー中部のクスコ

→インカ帝国の都が置かれた都市。

→15世紀に皇帝パチャクテクのもと最盛期を迎えた。

→農耕地や職人の街などに区分けされた計画都市。

→1533年にスペイン人のピサロが征服。

→インカが築いた強固な石の土台は残され、その上にバロック様式の教会や宮殿が建設された。

■インカ帝国の都クスコ。皇帝パチャクテクは覚える。ピサロの征服後はインカ帝国とキリスト教の文化が混在する街へ。

Wikipedia→クスコの市街

◯植民都市サント・ドミンゴ

(文)ドミニカ共和国 1990年(Ⅱ)(Ⅳ)(Ⅵ)

◯ドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴ

→1492年にコロンブスが第1回の航海でこの地に到達、スペイン植民地政策の最初の拠点が築かれた。

→ハリケーン対策のため背の低い石造りの建物が立ち並ぶ。

→ゴシック様式とルネサンス様式の特徴を兼ね備えるサンタ・マリア・ラ・メノール大聖堂などの歴史的建造物が現在も残る。

スペイン植民地政策の足掛かり。ハリケーン対策のため背の低い石造りの建物が多いところがポイント。

Wikipedia→植民都市サント・ドミンゴ

◯フィリピンのバロック様式の教会群

(文)フィリピン 1993年/2013年範囲変更 (Ⅱ)(Ⅳ)

◯フィリピンの各島に残るバロック様式の教会群。

→台風や地震対策のため天井を低くとっている。

→フィリピンの風土に合わせた「地震のバロック」と呼ばれる。

→フィリピン最古の聖堂サン・アグスティンをはじめ4つの教会が世界遺産登録されている。

■フィリピンのバロック様式の背景は、スペインの植民地政策と、台風や地震対策のためというところ。

Wikipedia→フィリピンのバロック様式の教会群

◯グアラニのイエズス会布教施設群:サン・イグナシオ・ミニ、サンタ・アナ、ヌエストラ・セニョーラ・デ・ロレト、サンタ・マリアでマヨール(アルゼンチン側)、サン・ミゲル・ダス・ミソンイス(ブラジル側)

(文)アルゼンチン/ブラジル 1983年(Ⅳ)

◯ブラジルとアルゼンチンの国境付近にある。

→グアラニのイエズス会布教施設群は、イエズス会の修道士達がグアラニ人のキリスト教化のために築いたレドゥクシオンの遺構5ヵ所が登録されている。

→イエズス会の宣教師達が先住民と共同生活をしながらキリスト教化を行うレドゥクシオンでは、農業や畜産の指導、教育も行われていた。

■教会名は長いので割愛しつつ、グアラニのイエズス会布教施設は覚える。ブラジルとアルゼンチンの国境付近であること、レドゥクシオンについてもおさえておく。

Wikipedia→グアラニのイエズス会布教施設群:サン・イグナシオ・ミニ、サンタ・アナ、ヌエストラ・セニョーラ・デ・ロレト、サンタ・マリアでマヨール(アルゼンチン側)、サン・ミゲル・ダス・ミソンイス(ブラジル側)

◯サン・アントニオ・ミッションズ

(文)アメリカ 2015年(Ⅱ)

◯テキサス州南部サンアントニオ川沿い

→サンアントニオ川沿いに建てられた5つのミッション施設と南に37km離れた牧場からなる。

→18世紀にフランシスコ会の修道士たちによって築かれた建築的・歴史的に重要な住居や教会、農園、灌漑システムが含まれる。

→先住民コアウイルテカン族の文化との融合が随所に見られ、教会の装飾には自然をモチーフにした先住民の意匠が盛り込まれている。

フランシスコ会の修道士が築いた。先住民のコアウイルテカン族は覚えにくそうなので頑張って覚える。

Wikipedia→サン・アントニオ・ミッションズ

◯ゴアの聖堂と修道院

(文)インド 1986年(Ⅱ)(Ⅳ)(Ⅵ)

◯インド南西部ゴア

→アジアにおけるキリスト教布教の拠点として栄えた港町。

→20世紀まではポルトガル領だった。

→マヌエル様式の聖堂や修道院といった壮麗なキリスト教建築が残る。

フランシスコ・ザビエルの遺体が安置されているボム・ジェズ・バシリカなど10余りの建造物が世界遺産に登録されている。

■アジアのキリスト教布教の拠点。ザビエルの遺体が安置されていることは覚えておく。

Wikipedia→ゴアの聖堂と修道院

世界遺産検定2級→13商業・交易・貿易/混ざりあう文化(文化交流)

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